なぜ、生きなくちゃいけないのか?
私は鬱病になって、希死念慮が出ている時期がありました。その時期は、生きることの絶望感が凄くって「生き続けることが辛過ぎるから死ぬ」という選択肢を考えていました。そんな時期を何とかやり過ごし、治療を継続して気が付けば10年以上の月日が経ちました。
そのような日々で、楽しい時だけでなく、辛くしんどい時も沢山ありました。希死念慮が再発してしまうようなこともありました。けれども、今は生きていて本当に良かったと思える日々を過ごせています。
今回は鬱病になってしまったけど、生き残ることができた一人の人間として「生きること」に対する感想のようなものを書いてみようかと思います。
生き残ったことに後悔はあるか?

冒頭に書いたように、私は生き残ったことに今のところ後悔は無いです。幸運なことに妻と結婚し、子宝にも恵まれ、今は半日とはいえ働くことが出来ています。あの時、自分の命を捨てていれば、治療を諦めていれば、何も得られなかっただろうなって思います。じゃあ、すべてが順風満帆だったかというとそうでもありませんでした。
前職は鬱病を何度も再発し、最終的に退職。友人は少なくなり、頼れる人も数少ない。前職では「あまり使えない社員」扱いだったと思います。体調をすぐに崩しますし、鬱症状が常にある状態で仕事をしていた感じでした。
でも、それを上回る幸福や楽しみが、今目の前にあるんですね。妻と食事をし、子供と何気ない遊びをする。そして趣味として情報発信やギターを演奏する。こんな満たされた日々は想像していなかったですが、生き残ることで手に入ることができたんだと実感しています。
メンタル疾患の人は自殺をしないで欲しいと思う

そんな私だから思ってしまうこととして「メンタル疾患の人は自殺しないで欲しい」と思っているということです。なぜなら、メンタル疾患(私の場合は鬱病)による『症状』によって死を選択したくなっている、という点です。病気の症状として生きることを絶望しているのであって、本来は生き物として毎日を楽しく生きたいはずなんです。けれども、この厄介な病気や症状によって生きることを消極的にさせてしまうんです。
だから、死にたくなったらまずは病院に行く。そして「希死念慮」は病気の症状だから、治療を継続して治していく。これが大前提として大事だったんだと今は実感しています。(一方、当時はただ、何となく薬を飲んで日々を過ごしていました。そんな日々があったからこそ、抗うつ薬が効いてきて、今生きていられるんだと思います)
なぜ、生きるのか?

生きることに絶望し、結果論としては生き残って良かった私なのですが、「なぜ、生きるのか?」ということを一時期真剣に考えていました。そんな私の今のところの結論は以下のような感じです。
人間という動物だから
人間は哺乳類の中の一つの種類です。類似の生き物として、ご存じの通りチンパンジーやゴリラなどがいますね。そして、人間は生き物の一つということは「生きること」自体が一つの命題なんだと思うんです。多くの生き物は、生き残って繁殖して、後世に種を残すことが生きることの目的だったりします。そこに思惑や思想は無いと思います(現代科学的には無いはずです。違う思想ならあるのかもですが)。なので、私たちは「生き物だから生存することが第一」とも考えられるんです。社会に役に立たなくても、大した人間でなくとも、生き物だから生きていくというシンプルな考えでいいんじゃないかなって思うんです。
使命や義務ではない、個人の幸福を重視していいから
現代の日本で生きているということは、歴史の中で最高に自由に生きられる時代だと思います。徴兵は無いですし、男女差も是正されていっています。また、社会の多様性が広まり、ステレオタイプな生き方を選ばなくて良くなってきました。こうなると、かなり個人の幸福を目指せる時代と場所なんだと思うんです。だから、そんな個人の自由や幸福をせっかくなら目指してみても良いのかなと。もちろん、家族や友人、ご近所など配慮したり大切にすることも重要です。ですが、周囲の人を大切にすることによって、自分も楽しく日々を生きられたりするので、トータルでも自分のために生きやすい世の中なのかもしれないと考えています。
エゴイスティックなことをやれるから
人間というのは、結局はエゴイスティックな生き物だと思っています。地球の裏側で困っている人がいるのは知っていても、それよりも自分自身や身の回りの人のことを優先します。(一部の方は、大きな使命を背負って他人を助けていたりもします。でも、やっぱり一部の方のような気がします)そんな自分優先の人が多くいる世の中だからこそ、私自身もエゴイスティックに行動していいのでは?と考えています。もちろん、犯罪や他人に迷惑をかける行為はNGです。だいたいのNGなことをやると、逮捕されたり社会的な制裁が加えられて、結局は自分も損をします。だから、自分のために清く正しく生きていく。その中で自分がやりたいことを少しでもかなえていくことが生きていく実感に繋がるのかもと考えています。
まとめ
今回は、あくまで持論で生きることについてまとめてみました。生きることの理由や考え方なんて、その人次第です。だから、このブログ記事って本質的にはほとんど意味のないモノなんじゃないかなって思ってます。
でも、病気をして生きることが辛くなった人間が、これだけ色んなことを考えられるようになって、今は幸福に暮らせています。だから、同じような状況になった方は、本当に治療を優先してほしいんです。生きる理由なんて、病気が回復してから考えて欲しいなって心の底から願っています。


